転職していました。

先月の下旬に。
社会人8年目にして3.5回目、自分のなかでは大きなイベントではなくなっているので、友人にも報告が疎かになり、「えっ、また仕事変えてたの?!」と驚かれることもしばしば。


特に向上心はないのでお給料が格段に上がるわけでもなく、どうしてもやりたい仕事があるわけでもなく。前の職場の居心地がよくなかったり、待遇や体制が不満だったり、という理由もいつもあるにはありますが、割に軽めな気持ちで仕事を変えてしまう方です。
幼い頃から転勤族だったせいか、はたまた生来の気質か、居住地にしろ会社にしろ、ひとつのところに長くじっとしていることができません。また、逆境が嫌いではないというのもあります。立ち向かうことで生きている実感が沸くからです。生きていくうえで、いつも何かしら課題がほしいのです。


周囲が長いスパンで人生を見はじめているなかで、どこまで刹那的に生きられるか、というのは我ながら興味がありますが。でもなんとなく、このあたりが打ち止めかな、という気持ちはあります。
とか言って、また来年仕事が変わってたりして。引っ越してたりして。


今の職場は新宿御苑の近く。御苑の銀杏がこんなにきれいだとは知りませんでした。
夜に行っていたミュン(※11月末に閉店してしまいました)や呉さんの厨房東順永オリオールなんかでランチができるのは幸せです。ランチには事欠かない立地であります。


まだ仕事があまりないので、定時にあがります。
ぽっかりと空いた時間にふらふらと御苑の横を通り新宿まで歩いていると、亡くなった友人のことをとても思い出します。
3つ前の職場は定時が17時とかなり早かったので、アフターファイブがとっても長かった。若かったこともあり、毎日酔っぱらっていました。わたしの職場は代々木、帰り道に新宿を通る彼と、よく落ち合ったものでした。
「飲みに行かない?」とよく電話がかかってきました。こんなふうにまたエアポケットのように時間が空くと、あの人がまたあんなふうに電話をかけてきてくれないかな、と思ってしまいます。悪酔いをするとかなりしつこい人だったので、鬱陶しいと感じたこともしばしばでしたが、そう思うことも含めてまるごと、大切な時間だったのだなと。
秋晴れの新宿御苑でビールを飲みながら、「頭おかしいんじゃないの」とわたしの愚痴を笑いとばした彼を、今でも鮮明に憶えています。同じようにわたしも、彼の苦悩を笑いとばしてあげればよかった。


こんな後悔や自責の念はやがて少しずつ薄れていき、いつか切なく懐かしむだけに、なるのでしょうか。
それがいいことなのかどうかは、わたしはやっぱりまだ分かりません。