春爛漫。

人もまばらな小田急線の車内にて。
黒いパンツスーツに身を包み黒いサングラスをかけ、黒い皮手袋をはめた手を、受け口ぎみな口元にかざし、口をずっとモゴモゴさせている小さな、140センチくらいの女の人がいたので、わたしは下北沢駅から祖師ヶ谷大蔵駅まで、ずっと彼女を見ていました。彼女はずっと口をモゴモゴさせたままでした。


歯間に何かがはさまっていてとれなかっただけなのかしら。それにしても長い間。
手の隙間から見える口角は、笑っているようにも見えました。


その夜。
混雑した小田急線の車内にて。
真っ白なブラウスに真っ白なコートを着て、真っ白な手袋をはめた、大きな、190センチくらいの女の人の背中に、混雑のあまり図らずも顔をグリグリと押しつけてしまい、どうやらファンデーションで(普段のわたしはノーファンデだのに)、彼女をべっとりと黄土色に染めてしまう、そんな夢を見ました。


今朝は、改札から車内まで、電車が動きだしてもなお、まるで横断歩道を渡るときのように、右手をまっすぐに挙げている、中肉中背の、特に特徴のない、でもOLらしき女性がいました。
わたしは途中で降りてしまったけど、一体彼女はいつまで腕を挙げていたのかしら。


ふむ。
春がきたな。