すべて世は事もなし

時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

ロバート・ブラウニング・作、上田敏・訳『春の朝』 

 

 

The year's at the spring
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hillside's dew-pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn:
God's in His heaven-
All's right with the world!

Robert Brawning, from Pippa Passes

 

ホームにて。発車直前の電車を指さして「この電車は町田に行きますか?」と聞いてきた60代女性に「行きますよ!」と答えて電車に押し込んであげた。

道端にて。雨に滑って自転車ごと横倒しになった60代女性の荷物を拾い上げて、自転車を起こしてあげた。

なぜだか通りすがりの60代女性に2度手を差し延べた本日。一日二善を施したので、少しは欲のままに振舞ってもよい気もしたけれど、二人とも母ほどの齢の女性であった。今日はもう悪さはできないのである。

その心ごと、生きていく。

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ケネス・ロナーガン監督『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を観る。と言っても観たのは3週間も前。なかなか言葉に起こせない、けれど残しておきたい、そんな感情をもたらす作品だった。

生きていると、人は大なり小なり、生涯取り返しのつかないことをしてしまうことがある。人生はドラマみたいに、エンディング間近でまるっと収拾できることばかりではない。臍を噛むような出来事に遭遇したとき、あるいはそれに気づいたとき、人の青春期は終わるのだと思う。

フラッシュバック的に入る過去のケイシー・アフレックの「その出来事」以前の、少年のようなやんちゃな表情と、現在のやつれた表情の落差が、彼の深い慟哭を倍増させる。"I can't beat it" (どうしても乗り越えられないんだ)という彼の嘆きが、とても現実的であるがゆえに、心に深く突き刺さる。

 

この映画に、目の醒めるような再生や救いは決して訪れない。じわじわと前へ進めるかもしれない、そんな微かな予感を残すのみだ。しかし、そのリアリティが、同様の悲しみやつらさを抱える我々の孤独に、優しく寄り添ってくれる。

取り返しのつかないことは抱えて生きていくしかない。抱えながら生きる方法を探ってあがくしかない。それを引き受けるにはとても時間がかかるし、独りでは決してできないことではあるけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

狂った恋が咲くのは4月

開花が遅くて寒さが長引き、今年は桜の季節が遅くて長かった。

だからか歯車が少し狂っている、色々なことが慌ただしい。

 

 

本を読んでいない。

昨年、遂に本の仕事から離れた。

何度職場を変わっても15年以上続けてきた仕事だから、それなりの信念ややりがいを持ってやってきたつもりだった、でも業界を離れるに当たって、思っていたより身を切るような思いはしなかった。

新しい仕事は知識も経験もない業界、毎日壁にぶち当たっては乗り越えようともがく日々、憂鬱な気持ちになることもある。けれど、元の業界に戻りたいとは不思議と思わない。

潮時だったのだろうなと思う。

 

先日は友人の13回忌だった。

15歳で彼と出会ってから一緒に過ごした年数を、彼が亡くなってから過ぎた年数が超えてしまった。

あの頃は毎月毎月一緒に飲んでいたけれど、一緒に30代を迎えることができていたら、今でも変わらず会えていただろうか。それとも結婚して子供ができて、すっかり疎遠になっていただろうか。意味のない仮定だけれど、彼が生きていたならば、私の人生は確実に今とは違っていたと思う。彼の他の近しい友達だって、きっとそうだ。人ひとりの人生は、それだけ大きなものだ。それをあの時彼に伝えられたらよかった。

この先15年、20年、私は何度でも後悔するだろう。でもそれは癒したいとか忘れたいとかではない、ただそこにあり続けるもので、私の中を一生たゆたい続けるものだ。

生きていくということは、大なり小なり、解決のできない気持ちを受け止め続けるものなのだろう。

 

ただただ、彼と一緒に年を重ねてみたかった。この齢になっても尚、昔と同じように浅はかなことをしたときに、彼を呼び出して打ち明けて、笑い飛ばしてほしいと、今でも時折思うのだ。

 

 

日本警察史上、最大の不祥事

白石和彌監督『日本で一番悪い奴ら』を観る。

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出先で、ふいに「時間あるし何か映画でも観ようか~」と思いついて、「そういえば予告編で観た中村獅童のヤクザぶりがハマってたな~実際の事件を基にしているのも興味深い、これにしようか」という軽い気持ちで観たので、特に期待もしていなかったのだけれど、上映時間の2時間と少し、飽きずにテンポよく楽しめた。

2002年に発覚した、北海道警察の不祥事である”稲葉事件”をモチーフにしたストーリー。”稲葉事件”とは、一人の現職警察官が覚せい剤所持と銃刀法違反で逮捕されたことにより、道警の組織ぐるみの不正が発覚した事件である。

中村獅童が観たくて決めた映画だったけれど、綾野剛の演技がすごかった。体育会出の不器用な新米警察官・諸星が、若さゆえの野心と使命感から花形捜査官にのぼりつめたものの、積み重ねた不正のつじつま合わせや裏切りによって坂道を転がり落ちるように堕ちていく、そんな一人の男の30年近くの人生を、体型のコントロールも含めて、見事に演じ分けている。

新人の頃のおどおどキラキラした青年の表情、脂ののった20代後半~40代前半の、すすきのを闊歩する豪快な所業、そして覚せい剤にはまり思い出にすがる虚ろな逮捕前…綾野剛がこんなに凄みのある俳優になっているとは思わなかった。覚せい剤を初めて打つ場面と、ラストシーンが特に必見。

同監督の『凶悪』は、俳優陣の演技力に感嘆するもひたすら嫌な後味が残る映画だったけれど、この映画も気分のよくない題材ではありながら、誤った方に向かってしまったものの、主人公・諸星のすべての行動の源には、組織に対する忠誠心と仲間に対する信義があるので、哀愁はあるが『凶悪』のような閉塞感は残らない(諸星、間違ってはいるんだけど)。全盛期に綾野剛中村獅童が仲間たちとテンポよく悪事に邁進する様は、男たちが仲良く活気にあふれ楽しそうにつるんでいて、さわやかな青春映画の様相すら感じさせた。

活き活きした場面で流れる、少しユーモラスな中東っぽい音楽もよかった。逆に最後はスカパラでなくてもよかったような…。

綾野剛はこれから30代後半、40代、それこそ脂が乗ってくる時期だ。深作欣二みたいなヤクザ映画もハマりそうだけど、深みのある人間ドラマを演じる彼も観てみたい。

あいつを愛したら、星になるだけ

先月のはじめにニューヨークに行っていた。

ヨーロッパ圏とアジア圏には縁があるながら、アメリカ大陸は実に33年ぶり。

そして完全プライベートで海外へ行くのは、4年半ぶり。

 

感想としては、「人種のるつぼ」を実感、決して白人の街ではない。外国人である自分も何の違和感もなくサブウェイに乗り、誰から注視されることもなく人混みに紛れられる。パリでもロンドンでもフランクフルトでも、移民が増えたとはいえここまで様々な人種はいなかった。「るつぼ」という意味ではシンガポールが近いものがあるけれど、高層ビルの巨大さや各公園の広大さもあいまって、スケール感が違う。

この国とは決して争いたくないなと思いました。

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マンハッタンの碁盤目状の大通りの、ちょうど高層ビルの谷間に沈む夕陽があまりに美しくて、撮影。マンハッタンヘンジ("Manhattanhenge")という、年に2回しか見られない現象だということを、後から知る。ラッキー。雨上がりの道路に光が乱反射して、美しさ倍増でした。

 

そして事前に誰も教えてくれなかったので、この時期のニューヨークの、わたしが感じた難点をふたつ。

  1. ニューヨークの上空だけオゾン層が壊れているのではないかと思うくらい、紫外線が強い。
    沖縄でも東南アジアでも体験したことのない、強烈な日差しに閉口…SPF50の日焼け止めをベタベタ塗っても鼻がまっか。たしかにアメリカの日焼け止めにはSPF100がある…。日本人の肌質の軟弱さを痛感しました。
  2. 空気が異常なほど乾燥している。
    宿泊したB&Bのオーナーさんが「ニューヨークでは1日1.5リットル以上の水を飲むことが必須。必ず持ち歩いてください」と初日におっしゃっていただけれど、確かに1日外を歩いていると目元も手もガサガサになる…夜に鏡で自分の顔を見ると、東京にいるときよりも明らかに皺が深い…朝起きると喉がほんのり痛い…。街行く人は皆ペットボトルの水を持ち歩いているし、あちこちで水が多量に販売されていました。

 

 

 

 

今日だけは神様のことみんな信じてる

2015年最後に観た映画は橋口亮輔監督の『恋人たち』。

独りで映画を観ることはめっきり減ってしまったけれど、特に誘う人も浮かばないし誘われもしないのに自分はすごく観たいとか、今この時に観たいとか、周期的にそんな映画が巡ってきて、独りで映画館へ足を運ぶ。これもそんな映画のひとつ。

橋口監督は、『ハッシュ!』の主役3人の演技がとても印象深くて、そのときに片岡礼子という女優の名前を覚えた。さばさばしていてすてきな女優さんだと思った。最近あまり見ないなと思っていたら昨年か一昨年に民放ドラマで見かけて、セリフがどえらい棒読みになっていたので度肝を抜かれたけれど、彼女の声質とまなざし、たたずまいはやはり変わらず独特だった。俳優の味わいを引き出す橋口監督の手腕はすごいと思う。


恋人たち 2015 映画予告編

夫と姑から見向きもされない日常を送る平凡な主婦。通り魔に妻を殺害されたことにより精神を病み、満足に収入を得られなくなった男。同級生に片思いを続けるゲイの弁護士。

出てくる人たちはみんな大きく小さく不幸だけれど、こんな不幸はどこにでもある。名前がついていなくても、取り沙汰にされなくても、そこここに無造作に転がっている不幸だ。

こんな不幸がどこにでもあるのに誰も気にしてくれないという現実は、なんて非情で不条理なものだろうか。

でも、生きていくということは、そんな中にも垣間見える微かな希望や、小さな喜びをつないでいくものだ。裏切られながら失望しながら、それでもつないでいくものだ。

束の間誰かと笑いあったり、時に温かいものを頬張ったりしながら。

わかるよ。誰もわかってくれないと思うのもわかるよ。どうしようもなく辛いのも、投げ出したいのも、わかるよ。でも、つなごう。と、寄り添ってくれるような映画だった。

 

ユニコーンの『雪の降る町』を聴かなかった年末はとってもひさしぶり。そのくらいあっという間に明けてしまった。


UNICORN 雪が降る町

かれこれ20年以上、脳内ベスト年末ソング。元旦に『お年玉』に切り換わるという流れ。


UNICORN 「お年玉」

どちらの曲も、日本の年末年始のココロを絶妙に描写していると思う。

 

初夢は、なんと隠れて浮気をする夢。驕るな、という意味があるらしいので、謙虚に努めたいと思います2016年。