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あと100日。

おおはた雄一の「おだやかな暮らし」という曲をはじめて聞いたとき、Radioheadの「No Surprises」を思い起こした。以来、どちらの曲を聴いても、もうひとつの曲のイメージがオーバーラップする。

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わたしは音楽理論には明るくないので、リズムとかコード進行とか、そういうことは一切分からないのだけれど、そして歌詞の意味も、意図するところや方向性は双方まるで違うとは思うのだけれど、ひとつ共通する思いが聴こえてくる。

 

”普通”への渇望。

 

そう言うと、「”普通”って何なの?」と問題提起してくる人が必ずいるけれど、多くの人が大なり小なり、強く弱く、共通して思い描く”普通”というのはやっぱりあると思う。

それは、家族と家だ。

朝送り出し夜迎えいれてくれる家族がいて、家族が毎日おいしいご飯を食べていけるための仕事と、家族が温かく暮らせる家があることだ。

 

後戻りができない齢までくると、もうひとつの未来があったはずもないことは自分が一番分かっているし、今の自分を否定することも大概ないけれど、連休をただテレビを観て寝て無為に過ごしてしまうことがあると、美術鑑賞でも友人や恋人との会食でも、刺繍でも読書でも何でもいい、何か生産的なことはできなかったのかと自責の念に駆られてしまうことがある。「生産的なこと」、それが「いつもは仕事で時間がなく遊んであげられないでいた子供を行楽地へ連れていく」ということだったら、どんなにわかりやすいだろう、と思ってしまう。

 

今年もあと100日だ、とテレビでニュースキャスターが口々に言う。

100日後、わたしは誰といて何をしているだろう?

わたしはいまだにそれがはっきりとわからない生活をしている。