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神童のなれの果て。

友達の息子(5歳)が、本を読むのが大好きだといいます。
「何の本が好きなの?」
と気軽な気持ちで訊いたら、
「あくたがわりゅうのすけの、とししゅん」
という答えが返ってきました。
面食らいました。

杜子春・くもの糸 (偕成社文庫3065)

杜子春・くもの糸 (偕成社文庫3065)

杜子春・トロッコ・魔術―芥川竜之介短編集 (講談社青い鳥文庫 (90‐1))

杜子春・トロッコ・魔術―芥川竜之介短編集 (講談社青い鳥文庫 (90‐1))

それは紛れもなく『芥川龍之介』の『杜子春』らしく。
どの版なのかは分からないけれど、どう分かりやすく改編されてるにしても、
小学校にあがる前の子が読むものではないような…。


見ていると、彼はハリーポッターもすいすいと読んでいました。
わあ。
うちの甥は同い年だけど、
ひらがなで書かれた自分の苗字を読むのにも5秒くらいかかるよ?


友達も友達のご主人も特に何を指導したわけでもないそうなんだけれど、
とにかく貪るように本を読むらしい。
前世か?前世で何かあったのか?


数日経ってからも、
ハリポタを読む5歳の男の子のいっしょけんめいな横顔が忘れられません。
しかし母にその話をしてみたところ、
「あら、あんたも5歳で漢字読んでたわよ」
とケロッと言われたのでした。
なに?!
「すごいコになるんじゃないかと思ってとにかく本ばっか与えてみたけど、
結局子どもなんてそんなもんよねぇ」
と、母はケラケラ。


そういえば、サンタさんからのプレゼントが
分厚い『アンの青春』と『女王クレオパトラ』と『マリーアントワネット』で、
幼心にとっても鼻白んだ年がありました。
(まあ、読んだけど…)


そして、そんなに早熟であったのにも関わらず、
今のわたしはまったく普通…
イヤ、普通以下…


でも、
幼い頃に読んだ本のことは今でも鮮明に憶えています。


指先を青紫に染めてみたり(安房直子『きつねの窓』)

きつねの窓 (ポプラポケット文庫 (051-1))

きつねの窓 (ポプラポケット文庫 (051-1))

空を見上げて「かげおくり」をしてみたり(あまんきみこ『ちいちゃんのかげおくり』)
ちいちゃんのかげおくり (あかね創作えほん 11)

ちいちゃんのかげおくり (あかね創作えほん 11)

コロボックルに話しかけてみたり(佐藤さとる『だれも知らない小さな国』)
だれも知らない小さな国―コロボックル物語 1  (講談社青い鳥文庫 18-1)

だれも知らない小さな国―コロボックル物語 1 (講談社青い鳥文庫 18-1)

現実と物語の境界線が今よりずっとずっとあいまいで、
そのぶん恐いことも多かったけど、
いちいちめいっぱい没頭した。
本を読むことは、今よりずっとずっと楽しかった。


読書は必ずしも必要なものではない、
本をたくさん読む人が教養に溢れていて思慮深いとは限らないし、
別に読みたくない人は読まなきゃいい、とわたしは思うのだけれど。
ただ、わたしにとっては、あの頃あの本を読んでいなければ、
今のわたしを形成している数ピースは確実に欠けていた、
という本が、たくさんあります。


あとは、
物語を読んでいれば寂しくなかった、
というのも読書の効力ではありました。
(今でもそういう面はありますが)


杜子春』の子はどんな子に育っていくのでしょうか。
これからたくさんの物語に出会える、あの子が少し、羨ましい。