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郊外の映画館と『ラブリーボーン』。

いつ頃からなのでしょうか、都心の映画館は、とっても混むようになっていやしませんか。
なんでこんなに混んでいるのでしょう?指定席予約制が主流になったからでしょうか。シネコンが台頭したせい?
少し時間が空いたから上映開始10分前にふらりと立ち寄る、なんていうことがあまりできなくなりました。


みんなそんなに映画が好きだったっけ?映画業界が不振ってウソ?
でもまあ、出版業界が大不況だと言うと、
「なんで?本屋っていつも混んでるし、みんな電車で本読んでるし、ベストセラーっていっぱいあるじゃん」
と別業界の友達に言われるので、エンターテイメント業界に対する世間の認識って、そんなものなのでしょうね。


しかし今回、ふらりと立ち寄りました。


「そんなに混んでるのは東京ばっかりだよ。神奈川の映画館は10分前でも入れる」


という上司の言葉を、週末に箱根に行った際にふと思い出したのでした。
箱根から自宅までの最寄には、海老名に2つ・新百合ヶ丘に1つシネコンがあります。
行っちゃう?行っちゃう?ということで、新百合ヶ丘のワイナーマイカルへ。


都心では混み混みな『ラブリーボーン』、20分前で余裕で入れました。
しかもとっても空いておりました。
新宿から約30分の位置で、この落差とは一体。


ピーター=ジャクソン監督『ラブリーボーン』。
予告編のシアーシャ=ローナンのあまりの愛らしさにヤられてしまい、観ずにはいられませんでした。

観るまで気づかなかったのですが、『つぐない』の女の子なんですね。
なんとも美しく成長したものです。


変質者に殺されて死んでしまった女の子が、(仏教語で言うならば)成仏できずに、この世でもあの世でもない場所から、残された家族たちの悲しみや再生を見守る、という物語。


とても悲しいお話、悲しいお話だけれど、15歳の少女の、死してなお、真摯に成長していく様と、彼女のいる世界の美しい情景が、物語を陰気なだけのものにせず、救いを与えてくれます。
宗教観も違うだろうし、死後の世界の描き方やエンディングに賛否両論はありそうだけれど、誰かを亡くしたことのある人ならば誰でも、この映画に心を揺さぶられるのではないでしょうか。


姿を見ることも、声を聴くことも、もうできないけれど、
大きく弧を描いた虹を仰いだとき、涼やかな風が吹き抜けていったとき、宝物のような出会いが、あったとき─
意識的に無意識に、わたしは今も、亡くなった友達を感じることができるのです。


曲順シャッフルをかけた帰り道のウォークマンは、
思いがけず、フジファブリック

若者のすべて

若者のすべて

胸の奥がキュッとなる、大好きな曲です。
ミュージシャンこそ、亡くなったとしても、たくさんの人が彼らを感じ続けることができます。