あんなに美しい夜はなかった。

恋愛小説が読みたくて、何かよいのはないかしら、と会社の編集者女子に要求したところ、「好きじゃないかもしれないけど、わたしの好きな作家なんです」と、岡崎祥久『首鳴り姫』を貸してくれました。

首鳴り姫

首鳴り姫

真っ白い帯に、シンプルな3行のコピーがすてきです─『あんなに/美しい夜は/なかった』。
そして読みはじめて、びっくり、ごく個人的にびっくり。
“美しい夜”が一体どういう意味なのか、数ページ目で閃きました。


これ、わたしの卒業した大学、もとい、学部が舞台では?


わたしの出身学部というのは特殊なところで、講義が夕方からはじまる学部でした。
いわゆる「夜間部」なのですが、学部の設立理由だったであろう苦学生や社会人入学生は今は多くなく、いるのは「朝起きられない」とか「他の大学に行かれなかった」とか「夜の方が面白そうだった」とか、ドロップアウト気味な、ひと癖ふた癖ある学生ばかりで、本来の「夜間部」としての存在意義は失われかけているところでした(事実、今年度の4年生が卒業したら、学部自体が廃止となるそうです)。


主人公は、二浪して入った大学で、女の子に恋をします。
この二人のやりとりとか思考回路とか、アルバイトとか講義の様子とかが、自分の大学時代を彷彿とさせ、気恥かしいような懐かしいような気持ちで、一気に読みました。


斜に構えてて、頭でっかちで、自意識が過剰で、変わった風で。
そんな青臭さやモラトリアム感は、どの人の学生時代にも共通するものなのかもしれませんが、あの夜のキャンパスの空気感というのは、体験した者でないと分かり得ない、独特のものだったと思います。著者のプロフィールをチェックしたところ、案の定、先輩でした。
あの学部を舞台にしていなかったら、そこまで印象に残る小説ではなかったかもしれませんが、あの“美しい夜”がこんなにもリアルに蘇るなんて─とうに過ぎた青春を切りとって眼前に突きつけられたような、わたしにとっては切なく生々しい恋愛小説でした。


森絵都も同学部の先輩ですが、以前短編にあのキャンパスのことを描いていました。
やっぱり印象深い体験だったんだなあと思います。


再会したり久しぶりに集ったり、最近あの頃のことを思い出すことが多かったので、タイミングのよさにも驚きです。
編集者女子は、わたしの出身大学なんて知らないはずなんだけどなあ。
こういう運命めいたことの連鎖って、耳を澄ませていると、ままあるものですね。