夏石鈴子『バイブを買いに』。

食や性に関することを言葉で表現することって、とても難しいことだと思います。


何かを食べて「これ美味しい!」と思っても、どう美味しいのかということを他人に伝えようとすると、言葉をひねってひねってひねり出しても、その美味しさを的確に表現にできない、自分の中の「美味しい」という感覚と、出てくる言葉が合致しない。
「舌の上でとろける」「肉汁がじゅわっと広がる」「甘いけど甘すぎない」「コクがある」…思いつく言葉すべて、聞いたことのあるような表現ばかり。わたしが伝えたいのはそんなんじゃない、もっと違う味なんだ!ともどかしくなることしきりなのです。
だから「dancyu」のライターさんにはいつも感嘆させられます。的確で、臨場感あふれ、文章そのものも美しい。食に対する情熱と愛情を感じます。


それと同様に、セックスにまつわることも、言葉にするのはすごく難しいと思います。
巷の小説やエッセイにはたくさんの性表現が溢れているけれど、美しすぎたり露悪的だったり、淫らすぎたり淡白すぎたり、自分の知っている「性」やそこに伴う感情とはどうも隔たりがあるというか、「対岸の火事」という感じがしてならない表現が多いです。
まあ、個人差がかなりあるものだと思うので、自分には未知の世界だらけとは察するのですが。

バイブを買いに (角川文庫)

バイブを買いに (角川文庫)

そんななか、夏石鈴子の『バイブを買いに』。初めて読んだのは10年近く前ですが、後にも先にも、これほどぴたっとくる表現を適えてくれた小説はなかったです。
小難しい言葉は一切使っておらず、むしろシンプルな表現の文体なので、小説としての評価は賛否分かれるところだと思いますが、恋をしてセックスをするってこういう気持ちになることであり、こういう気持ちになりたいということだ!と20代前半の私はしびれ、今読み返しても、あの頃とはまた違った意味で、そう思います。
カッコつけてなくて、正直で、そんな壮大で大層な「愛」や「セックス」ではなく、誰でも経験し得る身近な「愛」と「セックス」に溢れている短篇集です。

わたしは、この人をうんと可愛がりたい、心から。優しくしたいわたしの気持が、どうにかそのままそっくり伝わらないだろうかと、わたしの唇と舌は動いた。

夏石鈴子は、平間至の写真とコラボした『きっと、大丈夫』も好きでした。きゅんときて、泣けます。

きっと、大丈夫 (角川文庫)

きっと、大丈夫 (角川文庫)