吉田修一『悪人』を読みました。

紋切り型の就職活動に馴染めず、かと言ってたいした将来の指針もなく、単位もとりきりヒマをもてあましていた大学4年生の1年間、わたしはアルバイト先であった市ヶ谷の編集プロダクションに入り浸っていました。
その編プロは某情報誌の新刊紹介コーナーの執筆を委託されていたので、常に各社の新刊書籍で溢れかえっていて、バイトは自由にそれらの書籍を読んでもいいことになっていました。
わたしにとっては願ったり叶ったりの職場、自分のデスクで読書に興じる日々(仕事そっちのけ)。
自分だけの尺度だとすれ違うこともない作品に大量に出会うことができ、その後の人生があの時期に大きく拓けたと思っています。

吉田修一を初めて読んだのも、ちょうどその頃でした。

最後の息子 (文春文庫)

最後の息子 (文春文庫)

デビュー作である『最後の息子』。デスクで読み終えたもののもう一度読み返したくて、こっそり自宅に持ち帰ったのを憶えています。
無職でモラトリアムにどっぷり浸かった「ぼく」と、彼を養う新宿のオカマ「閻魔ちゃん」の日々を描いた作品で、「ぼく」はどうしようもないダメ男、ダメ男なのですが、こういうダメな人間だけどこずるくて弱く優しい男をいとおしく思ってしまう「閻魔ちゃん」の性がとてもよく分かるすばらしいダメンズ描写、すばらしいオカマ描写なのです。この小説の「ぼく」を迷いなくぶった斬ることができる女性は、ダメンズウォーカー度ゼロなので安心していいと思います。
人間とはかくも半端で卑しく曖昧で情けなく、けれど愛すべきものかという、切ない物語です。
悪人

悪人

『悪人』では、『最後の息子』で見せられた吉田修一の詳らかな人間描写がさらに進化していて、読ませます。現代の犯罪はきっとこうして坂道を転げ落ちるような流れで起こってしまうのだなという、昨今のミステリー小説にはないリアリズム。でも、その眼が客観的かつ冷静すぎて、すごいとは思いましたが、あまり入りこめませんでした。吉田修一の最高傑作、と名高いですが…もっと含蓄のある方が好きです。